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盛岡家庭裁判所 昭和50年(少)273号 決定 1975年12月26日

少年 Z・O(昭三三・二・一一生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

第1  昭和四九年七月九日より昭和五〇年六月一三日までの間、別紙非行事実一覧表のとおり、前後一五回にわたり、岩手県岩手郡岩手町○○○○○○○○○○○×××番地ほか一四ケ所において、○村○男ほか一四名所有にかかるトランジスターラジオ一個ほか合計三三点(時価合計四九、〇七〇円相当)を窃取し、

第2  昭和五〇年一一月二三日午前一時三〇分ころ、盛岡市○○駅前通××番×号先歩道上で、氏名不詳者が放置していた○上○所有の自転車一台(時価五、〇〇〇円相当)を発見しながら、警察官に届出るなど所定の手続をしないままこれを占有し、もつて横領し

たものである。

(法令)

第1の各事実につき 刑法二三五条

第2の事実につき 刑法二五四条

(処遇)

1  生育史

少年は、三歳の時にはしかに罹り、その高熱により聴覚機能に障害をきたし、残存聴力右七〇df、左七二df(難聴)で、言語能力を殆んどなくするに至つた。

少年の家庭は、父が代採夫として稼働し、母も日雇いに出るなど経済的に十分なものでないこともあつて、少年の幼時には、その残存能力を開発するような言葉の訓練もなされないまま、母の溺愛のもとに養育された。

少年は、昭和三九年四月、○○県立聾学校(小学部)に入学して寄宿舎生活をするようになつたが、その直前ころまで母乳が与えられていたなど、身心の発達の遅れも目立ち、学習成績は最下位でみるべき発達がないまま、昭和四五年四月には同校(中学部)に進学して就学を継続したが、勉学意欲に乏しく、文字や交話法の習得も十分でないことから意思、感情の表現も思うにまかせず教室においてもただ坐つているだけで周囲からも問題にされず、交友関係もつくりえなかつた。そして、同四六年一月頃からは岩手郡岩手町の自宅から同校に汽車通学するようになり、まもなく自転車、オートバイなどに関心を持ちだし、自転車、バイクの窃盗非行がみられるようになり、また怠学、喫煙などの問題行動も示すようになつた。

2  少年の発達段階

少年の知能は準正常にあり、身体的発達も概ね正常で、資質的には発達の可能性が十分認められるものの、聴力障害のため言語能力が著るしく遅滞し、口話は喃語程度の発声しかできず、手話法も習得されてなく、わずかに仮名文字による筆談が可能であるが、短文、紋切型で、文章表現も十分ではない。補聴器を使用すればほぼ聴力損失を補うこともできるが、その使用を嫌がり、また語彙も乏しいため聴きとることができず、これを使用しない。このため、本来は積極、行動型の人格像をもつているにも拘らず社会性、自立性の発達が遅滞し、依存心や幼稚さが著るしいものであつた。知的には、抽象的観念を使用できず、情緒的には衝動的行動と、意思、感情の伝達が困難なことからくる欲求不満など不安定な状態にある。そして、家庭内教育の不十分さもあり、基本的生活習慣も身についていないうえ、狭い生活経験しかなく、対人関係も正常にとりえない段階にある。

これらはこの時点での少年の性格的、情緒的偏りを示すものではあるが、その発達過程において身体的障害から生ずる困難を乗り越える教育的環境条件に恵まれなかつたことに帰因するものというべきであり、現在においても少年に対する適切な環境条件の保障と援助がなされれば、なお相当の人格的発達を遂げ得るこことは推察できる。

3  保護の経過

(1)  少年は、中等部三年の昭和四七年五、六月ころ、五件のバイクなどの盗みがあり、当庁に事件係属した(昭和四七年少第七八五号)。当時の少年の非行性は、学校不適応と社会規範意識の欠如にあつたが、ある面ではその少年の行為も新しい社会経験への関心として評価される側面もあり、むしろ積極的な学校、親の関わりの必要性が指摘され、学校における聴能、交話訓練と少年の内面を理解する個別的指導に期待し、右事件は不処分により終了した。

(2)  しかし、聾学校における少年に対する指導が殆んど効果を上げ得ないまま、昭和四八年三、四月ころ、再度窃盗などの非行が行なわれた(昭和四八年少第四三〇号)。少年は、同年三月末に同校(中学部)を卒業し、四月にはその高等部に進学したが数日通学したあと登校を嫌がり、そのまま退学している。その後は規律ある生活もできなくなり、家庭内で気ままな生活を過すのみであつた。このため、少年を個別に指導し、あるいは父母を援助しつつ、適切な職業訓練の機会を保障するよう、同事件を○○県中央児童相談所に送致した。同所では、同年一〇月一七日、児童福祉法二七条一項二号の措置(児童福祉司等による指導)をとつたものの、聾学校への復学を指導するも本人、親の同意が得られず、また適切な職業訓練施設、職場の開拓もできないまま、指導困難との事由で放置された。

(3)  その後は、家庭内で気ままな生活を続けながらも正常な対人関係をとりえないことによる不満が常時潜在し、たまに帰宅する父に対しては従順な態度を示すものの、母や妹たちに対して乱暴を働いて自己の欲求を通すなど、情緒的にも不安定さを増し、昭和四九年七ないし九月頃には別紙非行事実一覧表番号1ないし11の非行をなして当庁に本件事件が係属した(昭和四九年少第八三〇、一三三九号)。かかる状態で、少年に対する早期の職業訓練の必要性が指摘され、○○市所在の身体障害者授産施設○○県リハビリセンターと連絡をとりつつ、当面父の代採作業を手伝わせながら同施設への入所を指導する方針のもとに、同年一二月二七日、少年を試験観察に付した。しかし少年は、昭和五〇年一月から二月ころまで数日間ずつ数回父に従つて作業現場に入つただけで、その後は気ままな生活に戻り、前記施設への入所もかたくなに拒絶するのみであつた。この間、同施設の収容定員もふさがり、そこでの教育の途もとざされたまま、本件昭和五〇年少第二七三、六五一、一四九一号(別紙非行事実一覧表番号一二ないし一五および非行事実第二)の各非行も散発し、家庭内でも一層粗暴な態度で欲求不満を爆発させ、注意されると庖丁を持ち出すなど、父母の監護も限界に達するに至つている。

4  処通の問題点と展望

(1)  少年の非行性は、意識の規範化、社会化の未発達によるものが多く、積極的な反社会的傾向というものではない。また、怠学、怠業などの気ままな生活態度も、その作業課題が少年の発達段階に規定される能力に応じたものではなかつたため、少年自身の成功感、満足感を充すものではなく、必然的に周囲から取り残されたもののようである。そして、聴障害のため正常な対人関係がとりえないことから意思の疎通を欠き、感情の行きちがいを生じるなど常に不満がうつ積し、加えて、幼稚な自己中心的欲求もあり家庭内暴行が継続するに至つている。

少年の場合、正規の聾教育の過程は経ているものの、基本的には学校教育に適応できないままに終つている。聾児の幼児期における教育監護のあり方は、その後の人格発達に大きな影響をもつにもかかわらず、少年の幼児期は経済的にも貧困な家庭で盲目的溺愛のもとですごし、正常な人格発達を遂げ得ないまま学校教育に引き継がれ、そこにおける集団教育からも取り残され、不適応状態が継続していつた。

(2)  少年に対するこれまでの教育と保護の経過には、障害児教育の基本的課題である個別的発達段階に応じた指導と人間的信頼関係の形成に成功しなかつたことの問題があつた。第一に、普通教育に適応できない聾児の事門的教育機関である聾学校の過程で、少年の自我の発達を援助する契機が何故形成されなかつたのかの問題がある。昭和四七年八月二八日付鑑別結果通知書にもあるように「学校は、もつともつと少年の内面を知らなければならない。少年の外面にとらわれると教師と少年とは疎遠になつてしまう。今後問題行動があるとすれば、この様な人間関係の浅薄さによる。」との指摘は、今後の処遇にとつても指針である。第二に、児童相談所における福祉的措置も「障害あるためコミュニケーションがとれず指導困難」というのであれば、聾児福祉に対する基本的姿勢が問題とされよう。勿論、家庭裁判所の措置の不十分さも反省されなければならない。地理的遠隔、目標とした施設入所の困難、少年を家庭においたままでの指導の限界、等々の事情があるにせよ、少年との間に人間的信頼関係の形成に成功していれば、そこから何らかの指導の要点をさぐり出すことも不可能ではなかつたとも思われるからである。

ただ、盛岡少年鑑別所収容中の短期間ではあるが、鑑別技官との間に単純作業を通じての信頼関係のめばえがみられた。この関りはこれまでの少年にみられなかつた一側面を窺わせるものであり、今後の処遇にも一定の目安を与えるものであつた。

(3)  以上の経緯に照せば、当面の処遇は、少年の興味と関心をさぐりあて、これに依拠した信頼関係をつくりあげることから出発しなければならないということであり、そして少年の能力に応じた学習、作業を通じ、そこでの一定の成功感を基礎として人間的信頼関係を強め、これを少しずつ高め発展させながら、ひいては職業訓練を得さしめて社会に適応できる能力を形成することにある。このことは、長期間の指導にまたなければならないし、また、一つの施設ないし機関がなしうることでもない。各種の機関が相協力し、その全体を通じて一貫した教育を保障するよう、その連繋を図ることが少年に対する社会の責務であると言わなければならない。

このような処遇を展望しつつ前記の少年の現状をみるとき、現存の身体障害者施設は自ら就労する意欲をもつ者に対する援産施設であつて少年の指導にただちに適するものではない。少年には先ず基本的躾と生活規律を身につけさせ、聴能、交話の訓練とともに最小限度の自立した生活態度を養なわなければならないのである。そのためには、少年を医療少年院に送致し、そこでの個別的処遇に期待するのが相当である。このことには少年院関係者の多大の熱意と尽力を要するものではあろうが、その後に引き継がれるべき福祉施設における職業指導とともに、少年の健全な育成のためには必須のものと思われる。

5  結論

以上の諸点を考慮し、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大内捷司)

(別紙)非行事実一覧表

番号

日時

犯行場所

所有者

被害金品

品数

時価(円)

昭四九、七、九

午後一:三〇

岩手郡岩手町○○○○○○○○○○○×××番地に駐車中の普通乗用車内

○村○男

トランジスターラジオなど 四点

一一、二三〇

同日

同郡同町○○○○○○○○××番地の×○浦○吉方

○浦○吉

中古自転車  一台

八、〇〇〇

同日ころ

同郡同町○○○○○○○○○○×××番地 休憩小屋内

○藤○雄

雨ガッパ上下組など 三点

一、二〇〇

同日ころ

同郡同町○○○○○○○○○○×××番地 休憩小屋内

○木○四○

稲刈カマ 一丁

二〇〇

同日ころ

同郡同町○○○○○○○○○○×××番地 休憩小屋内

○花○ン

ナタなど 三点

四〇〇

昭四九、八、一七

岩手郡岩手町○○○○○○○○○××番地 ○木○代○方炊事場

○木○代○

登山用ナイフ  一丁

六〇〇

昭四九、九、一七

二戸郡二戸町○○○○○×× ○館○方

○館○

中古自転車 一台

一六、〇〇〇

昭四九、九、一八

岩手郡岩手町○○○○○○○○○×番地 ○辺○ス方

○辺○ス

毛糸上着など 五点

一、二〇〇

昭四九、九、一九

同郡同町○○○○○○○○○××番地の×所在車庫内の普通貨物自動車内

○瀬○太○

ケース入れドライバー 一組

五〇〇

10

同日

同郡同町○○○○○○○○○××番地 物置小屋内

○土○雄

ミスターピブなど 二箱

四、八〇〇

11

昭四九、九、二五

同郡同町○○○○○○○○○×番地の×フトン倉庫内

○部○太○

防寒靴 一足

七〇〇

12

昭五〇二、二七

同郡同町○○○○○○○○○○××番地の× ○藤○方店舗

○藤○

食パン 一個

八〇

13

同日

同郡同町○○○○○○○○○××番地の× ○金○治方店舗

○金○治

豆菓子など 八点

八六〇

14

昭五〇、六、一三

同郡同町○○○○○○○○○××番地の× ○尾○一方

○尾○一方

女子用ジャンバー 一着

三、〇〇〇

15

同日

同郡同町○○○○○○○○○××番地 ○藤○広方

○藤○広

男子用ズック靴 一足

三〇〇

合計

三四点

四九、〇七〇

参考 少年調査票(A)<省略>

鑑別結果通知書<省略>

少年調査票(B)<省略>

鑑別結果通知書<省略>

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